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空白の4カ月~穴埋め

(スポーツ編)

★息子はマイナースポーツを2つやっているのですが、5がの連休は2日から5日まで、連日試合で全く休めませんでした。2~4日はヨットの試合だったのですが、毎朝江の島に7時集合というハードさ。父親は海上で救命ボートに乗ってパトロール。母親は大会運営や得点集計などで忙しく、つくづくヨットって家族総出のスポーツなんだということを実感しました。息子にとっては初めての大会で、自分なりに良い成績を残せたのは嬉しかったし、他のクラブのことも仲良くなれたのも良い経験だったようです。

★もう一つはフェンシングをやっています。まだ太田雄貴が北京五輪で銀メダルを取る前までは、かなりマイナーなスポーツで、東日本大会で個人戦でも1日でラクラク試合が終わってしまうくらいのフェンシング人口だったのが、最近は急速に増えたのを感じます。5日は東日本大会で、関西から青森ぐらいまでの選手が集まっての試合でした。
結構大きい大会でこれまではいつも予選落ち。最近はヨットは面白いけどフェンシングは嫌い、と全くやる気をなくしていたのです。それが、今回初めて予選を通過でき、その上第1戦も勝ち、2戦目に対戦した相手は予選通過順に9位だったのにもかかわらず、2ポイント入れることができ、大喜び。試合後、フェンシング熱が急上昇したのでした。

★フェンシング熱はその後も急上昇。それには理由があるのです。5月に高円宮牌フェンシングワールドカップが駒澤体育館であり、観に行きました。フェンシングの認知度が高くなったとはいえ、まだまだマイナースポーツ。入場無料だし、席もガラガラ。見たい試合のあるピットに合わせて席を移動してもいつも最前列で観られるほどの空きようなのです。外国の選手は選手控室がないらしく、観客席を陣取って着替えをしたり、観戦したりしていました。息子は早速ポーランドチームのところに行き、コーチやマネージャーと仲良くなり、一緒に観戦。サインももらい、翌日の団体戦も一緒に観る約束までして帰りました。会場には一緒に行っても私と息子はずっと離れての観戦でした。
でも、これが息子にはかなり刺激になったようでした。私もフェンシングの面白さを満喫しました!

★サインと言えば、太田雄貴選手からのサインに「継続は力なり」という、その時の息子にはピッタリの言葉があり、やっぱりフェンシングを続けたい!という気が強まったようです。それまでは毎週の練習が、嫌でたまらなくなっていたフェンシングに嬉々として通うようになりました。「楽しい」=「伸びる」という公式は成り立つらしく、これまで勝てなかった人にもどんどん勝てるようになり、周りからも「強くなったね」と言われるようになり、いよいよ楽しくなってきたよう。
何でも継続するのって本当に大変なことだと思います。嫌になるとき、伸び悩む時って必ずあるし。でも、今回のようにちょっとしたきっかけでモチベーションが上がることもあるので、自分に外からの刺激を与えることも大切だな、と感じました。
そして何よりも、太田選手やポーランドの選手など、世界的に有名な選手でありながら、小学生相手でも全く気取ったところがなく、気さくに、というか太田選手などむしろ低姿勢で接してくださった選手の方々に感謝です。


(仕事編)

★昨年は不況の影響か、後半は仕事が少なかったのような気がするのですが、今年は今のところ結構忙しい日々です。ただ、これまでやってきた私にとっては大きい仕事が1つなくなったことはちょっと残念。世界の風潮なのだから、仕方ないことなのですが。でも、これまで良い仕事ができたことに感謝しつつ、それをステップに新たに先に進もうと思っています。
ちょうど、自分の今後深めていきたい仕事が見えてきていたころだったので、良い転機なのかもしれないと思て。

★これまでも何度か映像翻訳はやったことがありますが、今回初めてかなりの量の映像翻訳をやることになりました。内容もかなり面白いものなので、楽しんでやっています。

★今後の仕事、自分の将来のことを考え、常々必要性を感じていたロシア語を勉強中。ポーランド語と似ている部分も多く、全体的には理解しやすいし覚えやすいのですが、微妙にポーランド語と違う部分は逆に覚えにくい、というか気がつくとポーランド語で考えてしまっている…。


(政治編)

★4月にスモレンスクで起きたポーランド大統領特別機墜落事故は、大きな衝撃でした。日本でも事故の翌日の夕方、追悼ミサがあり、すぐそのあとの日曜日にも、英語での特別ミサがありました。事故翌日の追悼ミサは、平日でしかも雨の降る寒い日で、夕方6時からのミサだったにもかかわらず、聖堂に入りきれないほどの人が集まりました。悲しみに涙する人も多く、この苦難の時こそポーランド人は一体にならなくてはならないという気持ちにあふれており、ミサが終わっても、誰もすぐに帰ろうとはしません。ポーランド大使のあいさつがあり、みんなでポーランド国歌を歌い、お互いが抱き合う姿をみて、共産党政権下で「連帯」が弾圧を受け、地下活動などが盛んだったころのポーランドの教会ってこんな雰囲気だったのかもしれない、と思わされました。
これまで国内外で馬鹿にされてきたカチンスキ大統領ですが、亡くなった後は、彼の功績も多く紹介され、これまでのメディアでの報道がいかに偏ったものであったかも露呈される形になりました。ほとんどのメディアが現首相の率いる市民プラットフォームよりで、それがあまりに露骨なのに辟易していた私としては、この動きは喜ばしいことで、これをきっかけにメディアの偏った報道も改善し、本当の意味でポーランドが一体になることができればよいと心から思いました。

★大統領の急死で、本来ならば秋に行われる予定だった大統領選が今日行われます。私はもちろん投票権がありませんが、夫は大使館に投票に行くようです。市民プラットフォームのコモロフスキと亡くなったレフ・カチンスキの双子の兄弟、ヤロスワフ・カチンスキが優勢だと言われていますが、おそらく今回の投票では、両者とも過半数を得ることはなく、後日決選投票となることでしょう。

★政治と言えば、日本も参院選を前にどんでん返しがありましたね。こちらもメディアの力が大きかったと思います。鳩山たたきが始まって、支持率も落ち込みましたが、実際に鳩山首相が辞任したときの街の声では「もっと続けてほしかった」というのが多かったのに違和感を感じました。だったらなぜ支持率が20%だったのか?
いい加減、与党を野党が叩き落とそうとすることにばかり必死になる政治はやめ(これは政治とも言えない)、本当に今後の日本をどう改善していくべきなのか、与野党が意見を交換できる、その内容で国民の支持を得られるような政治をしてもらいたいものだと思います。

そして国民はメディアの過剰報道に惑わされることなく、自分なりのフィルターを通してメディアに接し、冷静な判断力を持つことが重要だとも。

首相は直接選挙で選ばれる訳ではないし、国民が直接政治にかかわっていると実感できる場が少ないせいか、どうも日本の政治は国民とのつながりがなく、国民はまるで政治に対して「他人事」のような接し方だという印象がぬぐえません。観客席から政治家が戦うのを見て、よそ者として「あれはダメだ」「これじゃ駄目だから何とかしてくれなきゃぁ」と文句だけは言うみたいな。

大きな改革は痛みを伴うものだと思います。鳩山内閣は、国民を意識しすぎ、マニフェストにこだわりすぎて失敗しましたが、改革を起こそうとする気運は少なくとも自民党時代よりも感じることができました。事業仕分けなどこれまで手をつけられることのなかった課題にも取り組んだことも大きいと思います。超長期にわたる自民党政権時代の汚れを一掃し、不況時に改革をしていくのは並大抵のことではありません。苦難の時期があっても当たり前だと思います。それを一方的に「何も変わってないじゃないか」「駄目だから降ろしてしまえ」と動くのではなく、共に改革をしていこうという気持ちに国民も、野党の政治家もならない限り、誰が上に立っても何も変わらないような気がします。

個人的には鳩山さんが辞めてしまったのはとても残念でした。何の具体的な政策もなく、ただ自分たちに勝った与党を叩くことだけに徹した自民党は、だだっ子のような低俗なレベルになり下がったようにも見えました。


長々と書きましたが、ここ数カ月にあったこと、思ったことの総集編でした。

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未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)2010/06/20(日)09:03

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雨月更紗

Author:雨月更紗
ポーランド人の夫と12歳の息子の3人暮らし。


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