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発見

ここ数日毎晩キェシロフスキのデカローグを見ている。聖書の十戒をテーマに10篇からなるもともとはテレビ映画で、毎日1篇ずつ見ている。 昨日は第5話の「ある殺人に関する物語」を見た。彼の映画は大体そうだけど、見終わって、すぐに次の行動に移れない。それだけ見る者の奥深くまで入り込む映画なのだ。昨日もそうで、何も言わないまま、ただソファに見ていたときと同じ状態で、釘付けになってしまった。 そしてふっと気付いた。なぜ、ここまで私がポーランドに惹かれたのか。もともと東欧には興味があったものの、ポーランドに対する関心は東欧諸国の中でも一番薄かった。それが、初めてことばも何もわからず、当時まだ共産圏だったポーランドに2泊3日で滞在し、なにか強くひきつけられるものを感じ、その場で将来住むことを決断してしまったのだ。 それほど私をひきつけるものが何なのか知りたかったが、結局5年間の滞在中にも、それを知ることはできなかった。なのに、昨日急に自分の中にあるものとポーランドの共通性が発見でき、それはまるでこれまで見えなかったところに光の筋を照らされたような出来事で、大きくうなづき、納得してしまったのだ。 別にそれがわかったからとて、何が変わるというわけでもないけれど、自分の人間関係の中で、これまで闇となっていた部分が明らかになったように思えた。

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ポーランド | コメント(0) | トラックバック(0)2004/12/30(木)08:29

2004年

今日で今年最後の仕事が終わった。 2004年はめまぐるしく過ぎていった。ある程度予想していたものもあったが、次から次へといろんなことが起こり、仕事も集中的にだったけれど、私としてはかなり頑張ってやった。 今年の初め「今年は、自分のことよりも家族のために力になる年にしよう。それも自分を犠牲にするとか、自分に我慢を強いて、というのではなく、そうすることを楽しみ、そこから喜びをえられる1年にしよう」と思った。そして、その願いはかなえられたと思う。 自分のことよりも縁の下の力持ちとして、いろいろ家族のためにやった1年だったけれども、そこから得られた喜びも大きかったし、一緒に望みに向かっていくことを、嬉しく思えた1年だった。私ばかり損をしている、という気持ちがなかったので、変に疲れることもなく、今新しい1年をもう少しで迎えようとしながら、来年に向けて今度は自分が本当にやりたいことをはじめようとするエネルギーも得られた。これまでにない、不思議な感覚。 自分のことも全くできなかったわけではなく、ここ数年ずっとやりたいと思いつつ、手を付けることのできなかったことに、一歩踏み出すこともできた。まだまだ先は長い、というか先も見えていない状態だけど、とにかく最初の一歩を踏み出せたのは、私にとって価値のあること。 物理的には忙しいのに、精神的にはどこか落ち着ける部分があり「気持ちが据わっている」というのはこういう感覚なのかな、とこの1年を振り返り、思うことができる。結局、自分のためには大したことは何もしなかったけど、これまでよく感じていた「あ~ぁ、今年も思うようにできなかった」という失望感、自分への罪悪感や後悔もない。そういう意味では、満足のいく1年だったのかもしれない。


思うこと | コメント(0) | トラックバック(0)2004/12/28(火)08:33

クリスマス

メリークリスマス ちょっと遅いですが。でも、ポーランドでは一応26日までクリスマスなので、昨日でクリスマスが終わったことになります。 日本のクリスマスって商戦が強調され、豪華なイメージですが、我が家のクリスマスは完全にポーランド式です。日頃ポーランド料理をほとんど作らない私も、この日だけはポーランドのクリスマス料理を作ります。詳しくはベジタリアンの厨房で、じきにぼちぼち紹介します。日本ではハローウィンが過ぎれば、クリスマスの飾りが始まったり、クリスマスキャロルが流れたりし、クリスマスの頃には「もういいよ」って感じになりますが、ポーランドでは、クリスマスツリーを家で飾るのは24日になってからです。クリスマスキャロルもこの日にならないとかけません。そして1月の終わりから2月のはじめ頃まで、3人の博士がベツレヘムに到着する日までツリーは飾られます。我が家でもそうするので、1月に友達が遊びに来ると「えっまだ片付けてないの?」といわれるのですが、一応そういう理由からなのです。クリスマス前はみんな大掃除をするので、ポーランドでは23日の夕方、24日はあらゆるところからじゅうたんを叩く音が聞こえてきます。これが聞こえると、クリスマスだな、と感じます。水もみんなが使うので、集合住宅では水の出が悪くなるところまで出るくらいです。 24日はカトリックの規則にのっとって、肉は食べません。だからクリスマスイヴの料理はポーランドでは魚、特に鯉料理がメインで、お酒も禁止です(私たちはワインを飲みますが…)。その代わり、25日は肉ばっかり!すごくたくさん作って、来る日も来る日もそれを食べます。その辺は日本のおせち料理に似ています。食事は1番目の星が空に輝いたときに始める、といわれています。イヴのディナーは12種類作らなくてはいけない、という慣わしもあるらしいです。でも、たいていの場合、家族で手分けをして作るので、1人で作るわけではありません。私は今年は頑張って9種類作りました。食事の前に聖書を読み、お祈りをして、そのあとポーランド独特の習慣、oplatek(オプワテック)を分け合います。集まっている家族一人一人とその人に対する感謝、希望などを言い合い、相手のオプワテックを割って食べるのです。初めてこの体験をしたとき、すごく感動し、心に熱いものを感じて涙が出そうになりました。当時はポーランド語もあまりできなかったので、私が言えたのは「クリスマスおめでとう」ぐらいで、相手が私に言ってくれることばに心を動かされたのです。でも、その後ポーランド語ができるとこのオプワテックの習慣は私にとっては少し苦痛でもありました。だって、よく知っている家族なら良いけれど、夫の遠い親戚などで、あまり知らない人に何か言うのって結構苦労します。わざとらしくことばだけを並べるのもすごく苦手な私は、つい無口になってしまって。そして、これが終わればいよいよ夕食。そしてデザート。クリームでデコレーションされたクリスマスケーキは日本独特のもので、ヨーロッパではあまりあのようなケーキは食べないように思います。ポーランドでも、フルーツケーキや、ケシの実がいっぱい入ったケーキなどを食べます。 24日は子どもにとっても最高の日です。というのは、日本やその他多くの国では、サンタは24日子どもが寝たあとに来ることになっていますが、ポーランドでは24日のクリスマスディナーの後、子どもがまだ起きている間に来るからです。これは親にとってはとっても大変なことです。子どもを別の部屋に連れて行き、その間に何とかプレゼントをクリスマスツリーの下に置く、という夫婦の連携プレーが必要なのです。今年も何とか成功しました(汗)。プレゼントをもらえるのは子どもだけでなく、大人もです。これは結構楽しい時間で、みんなでプレゼントをあけて見せ合い、その後もお茶を飲みながら話に花が咲きます。夜中の12時にポーランドではクリスマスのミサがあります。もちろん25日には何度もありますが、12時のミサは本当に大勢の人が集まり、みんなが一斉に歌うクリスマスキャロルは、その日初めて歌うだけに迫力があります。 25日は朝からすごいご馳走で、七面鳥や肉の燻製、あらゆる種類のハムやソーセージ、本当にいろんな肉料理が出てきます。我が家はこの部分は完全に省略。いつも通りの食事と、前の日の残りを食べます。今年も3時から四ツ谷教会でポーランド語のミサがあったので、それに出て、そのあとはポーランド人が企画したクリスマスパーティー。みんなが持ち寄ったクリスマスの食べ物を食べ、子どもたちはサンタからプレゼントをもらいました。これでクリスマスは大体終わり。今年もいつも通り、静かに過ごしました。


日常 | コメント(0) | トラックバック(0)2004/12/27(月)08:35

外国人の夫を持つということ

自分の意識を開放するのってなかなか難しいことだと思う。自然に人と人との間に境界を作り、人を区分けして考えてしまいがちだからだ。「国際人」や「国際的な感覚を身に付ける」などともよく言われるけれど、これも、意識をどの国の人に対しても開放してこそ、できることだと思う。語学力だけが強調されがちだが、そんなものは2の次でもいいような気がする。外国人の夫をもつと、いろんな信じられない経験をする。とても日本人に対してはしないでしょう、という質問をされることもあるし、変にうらやましがられたり、憧れをもたれたりしたこともある。私は別に夫がポーランド人だから結婚したわけでもなければ、国際結婚にあこがれていたわけでもない。でも、よく「私も国際結婚にあこがれたの。でもだめだったけど。どうやって国際結婚をしたの?」などとたずねられる。夫が外国人だと何を聞いてもかまわないと勘違いしている人も多く、すごい質問をされることも何度もあった。あまり面識もない人からいきなり「ご主人は何をしている人?」とか、「お家はやっぱり、ダブルベッドなの?」「ご主人とはどうやって知り合ったの?」「ぱっと見てハンサムだな~と思って、アタックしたの?」「ハーフの子どもを生みたいと思った?」などなど、挙げればきりがないほどある。自分がいきなりこんな質問をされたら、どんな気がするかなんて、全く頭にはないようだ。でも、これは直接的なもので、もっと間接的に「やっぱり外国人扱いなんだ」と感じることもよくある。外国人だ、という理由だけでちょっと見せ者的な扱いをされたり、夫がいるだけで急にその組織そのものが「国際的」とされたり。それを過剰にアピールしたり。夫が日本語で話しているのに、英語で返事が返ってきたり。外国人はみんな英語圏の人間じゃないんだよ、と言いたくなる。夫が話をしているのに、返事は私のほうを向いてしたり、というのもよくある。やっぱり日本はまだまだ意識の上で島国なんだなって感じることが多い。私もそうだったように、夫やましては息子は完全にそうだと思うけど、その国に長く住み、その国のことばを自然に話し、生活していると、自分が違う肌をしている外国人なんだということを忘れてしまっている。そんなことどうでも良いことだし。夫はまだしも、息子に対して露骨に「外人?」と公園などで他の子どもや老人に言われたり、大人からも「英語で話すの?」と聞かれたり、いきなり息子に英語で話しかけられたりすると、見ているだけで心が痛む。外国人に限らず、いろんな意味で人と人との無意味な境界を取り払うことで、もっと人間の幅も広がるし、意識が開放され、深いつながりが持てるのに。


思うこと | コメント(0) | トラックバック(0)2004/12/21(火)08:35

やりたいこと

先日、これまで4年間にわたって書いてきたコラムが終わった。子どもの心理とかそんなことについてだったのだが、書きながら私も成長した、というか改めていろんなことを考えさせられた。そして、時々いただく読者からの意見が私の支えであり、こんな私が書くものでも、共感してくれたり、反感を持ってくれたりすることが素直に嬉しかった。この仕事は終了したけれど、また同じようなことに関わっていきたい、という将来への希望だけは残った。そして、ふと考えたこと。私は一生かけて何をやりたいのか。一生かけてでもやりたいと思えるほど、興味のあることは何なのか。一時期、とにかく「書く仕事」がしたいとか、「翻訳」がしたいとか思い、職種にこだわっていたけれど、今は、それよりも「何を」書きたいか、訳したいか、やりたいかにこだわりを感じる。1つは子どもに関すること。自分が子どもを生むまでは、私は子どもになんて全く興味がなかった。絶対欲しいとも思わなかったし、子どもにどう接していいかさえもわからず、できれば子どもと接する機会は避けたいとまで思っていた。でも、実際に子どもを持つと、それがどんなに偉大な存在で、子どもから教えられることがどんなに大きいかを知った。そして、人間として尊重されていない子どもの社会的存在も。より多くの子どもが幸せな子ども時代を過ごせるように、何ができるか考えるようになり、その助けとなる仕事をしたい、と思った。そして、機会を得て子どもに関するコラムを連載することになった。これからも、何らかの形で、子どものためになる仕事をしていきたい、と思う。もう1つは民族問題に関すること。これは、私にとって長期にわたるテーマで、考えてみると子どもの頃からこのことには興味があった。最終的に学生時代のテーマも少数民族問題だった。民族への理解を深め、お互いを尊重することで、その壁を低くする助けとなるような仕事がしたい。民族的な差別がない世界を作ることは不可能なのかもしれないが、少しでも役に立てたら嬉しい。そして最後はポーランドとの架け橋になるような仕事。私がここまでポーランドにのめり込み、自分の深い部分での共通性を感じられたのは、ただの偶然ではないような気がする。ポーランド人を夫にし、ポーランド人と日本人のハーフの子どもを産み、どこかポーランド的なものを自分の中に感じ…。その気持ちは強まることはあっても衰えることはない。何か、2つの国を結ぶ仕事をしたい。今のところ、この3つが私が一生かけてやり続けたい仕事。この3つの興味だけは一生尽きることはないと思う。


仕事 | コメント(0) | トラックバック(0)2004/12/13(月)08:36

懐かしい人

韓国映画ブームですが、個人的にはあまり興味がなく「冬のソナタ」も何も観ていません。ただ昨日「韓国…映画…」と考えていると、ふととっても懐かしい人が頭に浮かび、今インターネットで調べてみたら…いるではないですか!ムン・スンウク監督。やっぱり監督になっていたんだ…。ムンと初めて出会ったのは、ポーランドのウッチにある語学学校の廊下でした。何しろアジア系と言えばベトナム人しかいなかった当時のポーランドで、日本人っぽい顔を見て、思わず当時まだポーランド語が全くできなかった私は「日本人ですか」とたずねたのです。「いいえ、韓国人です」と言われ、でも英語で会話ができる人がいたのが嬉しく、すぐに友達になりました。当時、彼はウッチにあるポーランド唯一の映画学校に通っており、私がポーランド語を習っていた先生の許可を得て、私たちの授業の様子をフイルムに収めていたのです。とても穏やかな人柄で、人と人との間の壁がなく、ことばを超えた会話のできる人でした。すごく頻繁に会っていたわけではないけれど、会うと必ず、内面をつくような深い話をしました。まだ学生だった彼の撮った写真や映画も見せてもらいましたが、その視点が異色で、ムンらしいな、と思ったものです。ポーランドでは、強い反日感情を持った韓国人とルームメートになり、彼女の部屋に引っ越したその日に「私は日本人は嫌いだし、憎んでる」と言われたこともありました。私自身は、韓国に対しては、歴史的にひどいことをしたことに対する、申し訳ない気持ちはあっても、今現在の個人的な関係に関しては、同じ人間という枠の中で1つであり、とくに境界はないのです。それは誰に対しても同じですが。ムンは、その点でも共感でき、彼とは国境とか隔たりを全く感じることなく、同じ人間の枠の中で話しができたのです。だから余計なことを何も気にすることなく、深い話ができたのかもしれません。彼の映画、観てみたいです。でも、いろんなレンタルビデオに電話したのですが、どこにもないのです。どこで手に入るか知っている方、是非教えてくださいませ。


映画 | コメント(1) | トラックバック(0)2004/12/09(木)08:38

久々に

更新がずっと滞ってしまいました。すごい忙しさからは解放されたのですが、忙しかったすぐ後って、私の場合充電するのに時間がかかります。当分はぼーっと本を読んだり、何にもしないで過ごしたりする時間が必要なのです。だから仕事をしては、ぼーっとしておりました。昨日は久々に通訳の仕事で出かけました。通訳って何年ぶりかって感じでした。子どもが生まれてからは全然やっていなかったので。個人的には通訳より翻訳のほうが好きです。翻訳だとマイペースでできるけれど、通訳は相手のテンポにあわせなくてはいけないし、次に何が出てくるかわからない緊張感もあります。私と全然違う考えを持っている人が熱くなって話し始めると、訳すだけでなく、自分も意見を言いたい衝動に駆られることもあります。それに、通訳って結構ストレスのたまる、語学力だけでなく集中力を要求される仕事でありながら、うまくいって当たり前。少しでもへまをするとそれがひどく目立ってしまう割に合わない仕事、という気がすることもあります。その言語では意味を解していても、他言語に置き換えるというのは難しく、即座に適切なことばが見つからず、ずるずると泥沼にはまってしまう、という状況にもなりかねません。私は以前にそういう恐ろしい経験をしたことがあり、通訳の仕事、というとつい構えてしまいます。自分の得意分野ではない場合は特に。昨日の仕事も、結構当日まではいろいろ準備しながら、緊張していました。そんな私を見て、夫が「できるだけ正確に訳すことにだけに集中すればいいんだよ。自分の訳について人がどう思うかとか、失敗したらどうしようとか考えると、集中力も低下するし、そんなのどうだっていいことだし」と一言。なんかすごく納得してしまいました。おかげで、昨日は最高の出来とは言えないし、あとで考えれば、もっと適切なことばがあった、などと思ったのですが、一応クライアントには満足してもらえたみたいだし、なによりも緊張しないですみました。ほっ。


仕事 | コメント(0) | トラックバック(0)2004/12/07(火)08:39

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雨月更紗

Author:雨月更紗
ポーランド人の夫と12歳の息子の3人暮らし。


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