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作る

夏休みになり、いつもより時間ができると息子は毎日、本当に毎日いろんなものを作る。その創造力には感心してしまう。よくもあんなに色々思いつくものだ。1日のうち作るものは1つや2つではない。次から次へと材料もありとあらゆるところから見つけ出してくる。でも、必ず1つは作るのがレゴの作品。昨日は「ドミノが欲しいな」と言うので、ヤフオクでいくらぐらいするものか見ていたら「ドミノ倒しはレゴでもできるよ」と言って作り始めた。それがこれ。橋を作ったり、ほんとに良く思いつくものだ。

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子ども | コメント(0) | トラックバック(0)2004/07/30(金)17:13

偉大な人

自分の弱さ、過ちを認められる人は偉大。


思うこと | コメント(0) | トラックバック(0)2004/07/26(月)17:14

規則ですから

昨日から息子は夏休み。金曜日、あまりの暑さに近所のプールに行った。そこは屋内しかも市営プールなのにスライダーがある。2日前、別のプールに夫と行ってスライダーの味を占めた息子は、今回も早速スライダーに行った。息子の身長は4月の時点で119.5cm。スライダーを滑って良いのは120cm以上。2日前に行ったプールではぎりぎりでOKということだった。最初の1回は私も一緒に列に並んだ。係員に「120cm以上ということになってますが、大丈夫ですか?」ときかれ「ええ、大丈夫だと思います。2日前にも滑ってますし」と答えると、すんなりと通してくれた。2回目からは息子は一人で上っていき、滑った。 4回目をすべりに行ったとき、交代した係員が何か息子に言っているのが見えた。私が下から手を振ると、手を振り替えしたものの、なんとなく物憂げな表情。もう一人係員がやってきて息子を120cmのところに印がついている壁に連れて行くのが見え、私も息子のところに行った。「これを見ると息子さんは120cmギリギリか、きれるくらいなんですよねぇ」「でも、今日すでに3回滑ってますし、別のプールでも大丈夫だったんですが」「ええ…でも…ギリギリなんですよね…」 120cmのラインはテープで引いてあり、そのテープの幅が1cmはある。何度も何度も息子を壁の前に立たせ、測った挙句「やっぱりはっきりさせるために、下からメジャーを持ってきます」と一人の係員は下りていった。それまでに要した時間約10分。息子は半分目に涙を浮かべている。スライダーの列に並んでいた小学生たちは「俺は120cmあると思うな」「うん、俺も大丈夫だと思うな」と口々に言ってくれた。「最初はOKだったのに、途中から急にだめと言われると、子供もかわいそうですよね。それに、たとえ120cmから0.5cmや1cm低かったからって、それが事故につながることってあるんですか」ときくと「いや、実際に自分が上で監視しているとき、120cmギリチョンの子供が滑って、降りたところで溺れそうになったのを見たんですよ。下にも係員がいますけど、ずっと見ているわけではありませんし」との返事。「じゃあ、息子が滑り降りるとき、私がいつも下で待っていればどうですか」「…」「それに、あの位の深さがあれば、130cmの子供でも、150cmの子供でも溺れる可能性はいくらでもあるでしょう」「でも、そういう規則になってますから」ついに出ました、このことば!何か説明に行き詰ると、必ず出るのが「規則ですから」とか「そういういうことになっていますから」ということば。全然説明になっていない。日本では子供のころから何でもかんでも規則でがんじがらめで、頭の中の構造が「規則イコール守らなくてはならない」となっていて、そこに疑問や矛盾を感じることもない。その規則の意味さえも考えず、ただただ規則を守るかこっそり規則から逃れるか。規則について議論することは考えない。この構造は大人まで続き、ただただ「規則だから」ということで自分も人も縛り続ける。事故が起こればすぐに「禁止」となり、道には信号がつけられる。利用する側も、気をつけながらやるとかどうすれば安全かなどは考えず、ひたすら規則を守るか、こそこそ隠れて違反する。「臨機応変」という考えは存在しない。規則に縛られていないと不安なのだ。結局、息子は滑っても良いことになった。でも、そのとき1階滑って下りただけで、このもめごとで滑る気も失せ、その日はそれ以上滑ることもなく帰った。


子ども | コメント(0) | トラックバック(0)2004/07/18(日)17:15

すごい一言

息子が口にしたすごい一言。「ママはね、ぼくがいるからママだけど、もしぼくがいなかったらただのおばさんなんだよ。」確かに。


子ども | コメント(0) | トラックバック(0)2004/07/13(火)17:17

初めての外泊

金曜日の夜、幼稚園の1泊保育で生まれて初めて外泊した息子。土曜日の朝、迎えに行くと、いきなり帽子いっぱいに集めたセミの抜け殻を見せられ驚愕。でも、とっても楽しかったみたいです。帰り道「ママ、ぼくのこと心配だった?」ときかれ「心配じゃないけど、ちょっと寂しかったかな」と言うと「ぼくも。寝るときが一番つまらなかったんだ。だってみ~んな早く寝ちゃったのに、ぼくは全然眠くなくて、ずーと破れた障子の穴を見てたんだよ。先生が寝たのもぼく覚えてるよ。タトゥシュ(ポーランド語でパパ)とママが何してるかな~って考えてたんだよ」。今回の外泊に関して幼稚園から父兄に言われていたのは「~できないと、お泊りはできない」とか「お泊りするためには~をできるように練習しなさい」という風に子どもにプレッシャーをかけないことでした。あくまでもお泊りは自然なことで楽しく、難しいこともあるかもしれないけど、何とかできる、と言う前向きな姿勢で、ということだったのです。今日の1泊保育後の報告会でも「できないものはできないと自覚して、だったらどうすれば良いかな、と考えられることの方が、できるように訓練することよりもずっと大切なのです。できないことで自信を失って欲しくないのです。みんなと同じようにするのが良いのではなく、自分なりの方法を見つけることの方が大切なのですから」と言われました。この幼稚園に入れて良かったなと思うことがこれまでにも何度もあったし、息子も「ぼくの幼稚園はすごくいい幼稚園だよ。こんないい幼稚園を見つけてくれてありがとう」とよく言います。そして今回も、子どもに対してこんな風に接してくれる先生たちで良かった、と改めて思ったのでした。


子ども | コメント(0) | トラックバック(0)2004/07/12(月)17:18

失うとなかなか取り戻せないもの

失うとなかなか取り戻せないものってな~んだ?ときかれると、私はきっと「自信」と答えると思います。多分人間は100%の自信を持って生まれてくるのではないかな、と思います。息子を見ていてもそう感じることが多々あります。でも、生きていく過程で誰かから馬鹿にされたり、自分で大きな失敗をし、それを自分の中から取り払うことができなかったり、家族から欠点ばかりを強調されて育ったり…いろんなことが原因で100%の自信は100ではなくなっていくのだと思うのです。そして失ってしまった自信を取り戻すのは失うのよりも何100万倍も難しく、時には不可能なように思えたりもします。いくら周りの何十人もの人が自分の1 つの才能を高く評価してくれても、心のどこかで「そんなことはない。これはまぐれなんだ。たまたま運が良かったんだ」などと叫ぶ邪魔者が出てくるのです。失敗をすると、それが小さな失敗であっても、自分の中の潜在意識がリードし「ほーら、やっぱりできないじゃない」と失敗を強調してしまうのです。自信を取り戻すこと、そしてさらに自分を正当に評価すること・・・難しいです。


思うこと | コメント(0) | トラックバック(0)2004/07/06(火)17:18

オススメ

とっても良い映画を観ました(と言ってもDVDだけど)。カナダ・スペインの映画で「死ぬまでにしたい10のこと」。響くものがたくさんあり、これ以上書くのはもったいないので、これでおしまい。とにかくオススメ。あっ原題の"My life without me"の方が日本語のタイトルよりずっといいと思います。でも、これを日本語に上手に訳すのは難しいのでこういうタイトルになったのかな。
死ぬまでにしたい10のこと もう1つはオススメの本。「ライロニア国物語」です。短い物語集なんだけど、副題にもあるように、大人にも子どもにも楽しめる作品なのです。8年ぐらい前に買って読み、1つの物語を読むごとに考え、そしてまた続きを読み…。そんな本なのです。ポーランドの有名な哲学者が書いた物語で、彼の哲学書もとってもわかりやすいのにふか~いのです。一昨日、夫が息子にこの本を読んで聞かせました。すごく真剣な顔をして聴いていた息子。そして、読み終わってから、話がどんどん発展し寝るどころではなくなってしまいました。
ライロニア国物語―大人も子どもも楽しめる13のおとぎ話


映画 | コメント(0) | トラックバック(0)2004/07/02(金)17:20

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雨月更紗

Author:雨月更紗
ポーランド人の夫と12歳の息子の3人暮らし。


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