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東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~
(2005/06/28)
リリー・フランキー

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先週まで遊びに来ていた友達が、後で船便で送ってほしいと言って、日本で買った本を置いて行きました。そして2冊買おうかどうか迷って買わなかった本がある、と言っていたうちの1冊がこの『東京タワー』。本屋大賞にまで選ばれて映画化もされたけど、ベストセラーになったりするとなんとなく読む気が失せてしまう天邪鬼な私。でも、彼女に買うかどうか迷ったと言われ「じゃあ、私が買って読んでみて面白かったら送るよ」と言い、買って読み始めたら止められなくなってしまいました。これまで読まないでいたことを後悔し、こうして読む機会が天邪鬼の私にも回ってきたことを嬉しく思いました。

著者のリリー・フランキーは私と同い年。同じ時に上京しているので、私が見て感じた東京や私が子供のころに過ごした田舎や地方都市の様子など、共通するものが多く、懐かしさがこみ上げてきました。しかも、彼は九州出身なので方言も私の出身地、広島とかなり似ていてそれもまた懐かしい。

何もかも失ったかに思えても、自分を無条件でどんな状況にあっても愛してくれている人がいることが分かっていれば、人間はそこから這い上がっていけるもんなんだと思います。物やお金には代えられないほどその愛は深く、大きくて。親の愛というのは、そういうものなのかもしれません。自分の周りにあるあまりに当たり前の存在で、改めて感謝したりするのも恥ずかしいけど、奥深い安心感を与えてくれ、いなくなると耐えがたいほどの空虚さを感じずにはいられない。人の温かさって、どんな高級な羽根布団より温かく相手を包み込んでくれるものなのだと。

結局、友達に送るのとは別に、私もこの本を買うことにしました。

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未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)2010/07/20(火)11:01

空白の4カ月~穴埋め

(スポーツ編)

★息子はマイナースポーツを2つやっているのですが、5がの連休は2日から5日まで、連日試合で全く休めませんでした。2~4日はヨットの試合だったのですが、毎朝江の島に7時集合というハードさ。父親は海上で救命ボートに乗ってパトロール。母親は大会運営や得点集計などで忙しく、つくづくヨットって家族総出のスポーツなんだということを実感しました。息子にとっては初めての大会で、自分なりに良い成績を残せたのは嬉しかったし、他のクラブのことも仲良くなれたのも良い経験だったようです。

★もう一つはフェンシングをやっています。まだ太田雄貴が北京五輪で銀メダルを取る前までは、かなりマイナーなスポーツで、東日本大会で個人戦でも1日でラクラク試合が終わってしまうくらいのフェンシング人口だったのが、最近は急速に増えたのを感じます。5日は東日本大会で、関西から青森ぐらいまでの選手が集まっての試合でした。
結構大きい大会でこれまではいつも予選落ち。最近はヨットは面白いけどフェンシングは嫌い、と全くやる気をなくしていたのです。それが、今回初めて予選を通過でき、その上第1戦も勝ち、2戦目に対戦した相手は予選通過順に9位だったのにもかかわらず、2ポイント入れることができ、大喜び。試合後、フェンシング熱が急上昇したのでした。

★フェンシング熱はその後も急上昇。それには理由があるのです。5月に高円宮牌フェンシングワールドカップが駒澤体育館であり、観に行きました。フェンシングの認知度が高くなったとはいえ、まだまだマイナースポーツ。入場無料だし、席もガラガラ。見たい試合のあるピットに合わせて席を移動してもいつも最前列で観られるほどの空きようなのです。外国の選手は選手控室がないらしく、観客席を陣取って着替えをしたり、観戦したりしていました。息子は早速ポーランドチームのところに行き、コーチやマネージャーと仲良くなり、一緒に観戦。サインももらい、翌日の団体戦も一緒に観る約束までして帰りました。会場には一緒に行っても私と息子はずっと離れての観戦でした。
でも、これが息子にはかなり刺激になったようでした。私もフェンシングの面白さを満喫しました!

★サインと言えば、太田雄貴選手からのサインに「継続は力なり」という、その時の息子にはピッタリの言葉があり、やっぱりフェンシングを続けたい!という気が強まったようです。それまでは毎週の練習が、嫌でたまらなくなっていたフェンシングに嬉々として通うようになりました。「楽しい」=「伸びる」という公式は成り立つらしく、これまで勝てなかった人にもどんどん勝てるようになり、周りからも「強くなったね」と言われるようになり、いよいよ楽しくなってきたよう。
何でも継続するのって本当に大変なことだと思います。嫌になるとき、伸び悩む時って必ずあるし。でも、今回のようにちょっとしたきっかけでモチベーションが上がることもあるので、自分に外からの刺激を与えることも大切だな、と感じました。
そして何よりも、太田選手やポーランドの選手など、世界的に有名な選手でありながら、小学生相手でも全く気取ったところがなく、気さくに、というか太田選手などむしろ低姿勢で接してくださった選手の方々に感謝です。


(仕事編)

★昨年は不況の影響か、後半は仕事が少なかったのような気がするのですが、今年は今のところ結構忙しい日々です。ただ、これまでやってきた私にとっては大きい仕事が1つなくなったことはちょっと残念。世界の風潮なのだから、仕方ないことなのですが。でも、これまで良い仕事ができたことに感謝しつつ、それをステップに新たに先に進もうと思っています。
ちょうど、自分の今後深めていきたい仕事が見えてきていたころだったので、良い転機なのかもしれないと思て。

★これまでも何度か映像翻訳はやったことがありますが、今回初めてかなりの量の映像翻訳をやることになりました。内容もかなり面白いものなので、楽しんでやっています。

★今後の仕事、自分の将来のことを考え、常々必要性を感じていたロシア語を勉強中。ポーランド語と似ている部分も多く、全体的には理解しやすいし覚えやすいのですが、微妙にポーランド語と違う部分は逆に覚えにくい、というか気がつくとポーランド語で考えてしまっている…。


(政治編)

★4月にスモレンスクで起きたポーランド大統領特別機墜落事故は、大きな衝撃でした。日本でも事故の翌日の夕方、追悼ミサがあり、すぐそのあとの日曜日にも、英語での特別ミサがありました。事故翌日の追悼ミサは、平日でしかも雨の降る寒い日で、夕方6時からのミサだったにもかかわらず、聖堂に入りきれないほどの人が集まりました。悲しみに涙する人も多く、この苦難の時こそポーランド人は一体にならなくてはならないという気持ちにあふれており、ミサが終わっても、誰もすぐに帰ろうとはしません。ポーランド大使のあいさつがあり、みんなでポーランド国歌を歌い、お互いが抱き合う姿をみて、共産党政権下で「連帯」が弾圧を受け、地下活動などが盛んだったころのポーランドの教会ってこんな雰囲気だったのかもしれない、と思わされました。
これまで国内外で馬鹿にされてきたカチンスキ大統領ですが、亡くなった後は、彼の功績も多く紹介され、これまでのメディアでの報道がいかに偏ったものであったかも露呈される形になりました。ほとんどのメディアが現首相の率いる市民プラットフォームよりで、それがあまりに露骨なのに辟易していた私としては、この動きは喜ばしいことで、これをきっかけにメディアの偏った報道も改善し、本当の意味でポーランドが一体になることができればよいと心から思いました。

★大統領の急死で、本来ならば秋に行われる予定だった大統領選が今日行われます。私はもちろん投票権がありませんが、夫は大使館に投票に行くようです。市民プラットフォームのコモロフスキと亡くなったレフ・カチンスキの双子の兄弟、ヤロスワフ・カチンスキが優勢だと言われていますが、おそらく今回の投票では、両者とも過半数を得ることはなく、後日決選投票となることでしょう。

★政治と言えば、日本も参院選を前にどんでん返しがありましたね。こちらもメディアの力が大きかったと思います。鳩山たたきが始まって、支持率も落ち込みましたが、実際に鳩山首相が辞任したときの街の声では「もっと続けてほしかった」というのが多かったのに違和感を感じました。だったらなぜ支持率が20%だったのか?
いい加減、与党を野党が叩き落とそうとすることにばかり必死になる政治はやめ(これは政治とも言えない)、本当に今後の日本をどう改善していくべきなのか、与野党が意見を交換できる、その内容で国民の支持を得られるような政治をしてもらいたいものだと思います。

そして国民はメディアの過剰報道に惑わされることなく、自分なりのフィルターを通してメディアに接し、冷静な判断力を持つことが重要だとも。

首相は直接選挙で選ばれる訳ではないし、国民が直接政治にかかわっていると実感できる場が少ないせいか、どうも日本の政治は国民とのつながりがなく、国民はまるで政治に対して「他人事」のような接し方だという印象がぬぐえません。観客席から政治家が戦うのを見て、よそ者として「あれはダメだ」「これじゃ駄目だから何とかしてくれなきゃぁ」と文句だけは言うみたいな。

大きな改革は痛みを伴うものだと思います。鳩山内閣は、国民を意識しすぎ、マニフェストにこだわりすぎて失敗しましたが、改革を起こそうとする気運は少なくとも自民党時代よりも感じることができました。事業仕分けなどこれまで手をつけられることのなかった課題にも取り組んだことも大きいと思います。超長期にわたる自民党政権時代の汚れを一掃し、不況時に改革をしていくのは並大抵のことではありません。苦難の時期があっても当たり前だと思います。それを一方的に「何も変わってないじゃないか」「駄目だから降ろしてしまえ」と動くのではなく、共に改革をしていこうという気持ちに国民も、野党の政治家もならない限り、誰が上に立っても何も変わらないような気がします。

個人的には鳩山さんが辞めてしまったのはとても残念でした。何の具体的な政策もなく、ただ自分たちに勝った与党を叩くことだけに徹した自民党は、だだっ子のような低俗なレベルになり下がったようにも見えました。


長々と書きましたが、ここ数カ月にあったこと、思ったことの総集編でした。


未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)2010/06/20(日)09:03

親業―子どもの考える力をのばす親子関係のつくり方親業―子どもの考える力をのばす親子関係のつくり方
(1998/10)
トマス ゴードン

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この本、おすすめです!子供とかかわるすべての人に読んでもらいたい本です!
子供と言っても年齢に幅がありますが、幼児から高校生ぐらいまでに共通して言える、というかどんな人との関わりにおいても共通して言える内容になっていると思います。どのようにコミュニケーションをとっていけば良いのか、とても参考になります。

読んでいて、結構自分は出来ているんじゃないかなと思える部分もありましたが、逆に「まさにこんな言い方してしまっているな」と思うことも多々あり、しょっちゅう親子喧嘩をしている我が家では必要不可欠の本のようです。
図書館で借りてきて読んだのですが、買おうと思います!夫用に英語版も。

大きく共感できる部分はたくさんあったのですが、なかでも親子の対立を肯定しているところに惹かれました。二人以上の人間が一緒に生活するのに対立が全く起こらないことの方が不自然。対立が起こるということはお互い違う独立した人間だからということ。対立が起こらないというのは、どちらかが非常に我慢した状態にある危険性が非常に高いということ。頷けます。
夫婦においても喧嘩をするのは決して悪いことではなく、むしろ自然のこと。ただ、それが建設的な喧嘩であれば。そのような建設的な喧嘩であれば子供に見せることも良い効果をもたらすこと。

この「建設的な喧嘩」については、この本を読む前からずっと思っていたことでした。私が生涯のパートナーを選ぶ一つの大きな条件でもありました。水掛け論でお互いを傷つけあい、とにかく時が解決してくれ、結局そこには何も残らない喧嘩ではなく、喧嘩をすることによりお互いが相手の考えを理解し、納得して和解できる喧嘩。そういう喧嘩だったら同じような言い合いをその後何度も繰り返すことはないだろう、とずっと思っていました。
「建設的な喧嘩」をするには「議論し話し合える力」が必要となります。それには「相手の言うことを正確に聴く力」も。そういう能力を兼ね備えた人とだったら、一生一緒に過ごせるのではないか、と自分のパートナーについて考えるときにいつも思っていました。なかなかそういう人って多くはいないので、それだけに重要なポイントでした。

実際には、夫といつも建設的な喧嘩ができているわけでもありませんが、かなりの高確率でできているのではないかと思います。そういう喧嘩を息子ともし、お互いの関係を作っていけたら、とこの本を読んで改めて感じました。


未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)2009/04/16(木)09:22

心に響く作品

さよなら、そしてこんにちは さよなら、そしてこんにちは
荻原 浩 (2007/10/20)
光文社

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未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)2007/11/22(木)10:21

異端

COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2007年 07月号 [雑誌] COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2007年 07月号 [雑誌]
(2007/06/08)
講談社

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今月号のクーリエジャポンで「”合気道はカルト”でカトリック教会がNO!」の記事の選択・翻訳をしました。
日本人にとっては信じられないような話だと思います。合気道がカルトなんて。でも、カトリック教徒が90%以上の国の国民にとってはカトリック以外の宗教は異端で、ヨガや合気道、などはカルトとされてしまうのも、ある意味では無理もないというか知識不足からくる弊害とも言えるのかもしれません。

私は日本で洗礼を受けてポーランドに行ったのですが、同じカトリックでありながらもその差に驚いたものです。日本のカトリックは規律にもそれほど厳しくないし、仏教や神道の国の中のカトリックというのがよくわかります。だって仏教徒の家族に中にカトリック信者が一人だけということも日本ではよくあるのですから。それがポーランドに行くと、カトリックであることが当たり前。それどころかカトリックでない者は同等の人間として扱ってもらえないように感じることも多々ありました。特に田舎に行けばいくほどその風潮は強かったような気がします。

ただ、この記事を読むとポーランドのカトリックってすごく閉鎖的で偏見が強いんだと思われてしまうかもしれませんが、そういう神父ばかりではありません。なかにはイスラム教徒もユダヤ教徒も仏教徒も尊重し受け入れる神父もいます。

ポーランドのように国教と言える宗教が名実ともに存在するのは国のまとまりという意味でも、アイデンティティーを明確にしやすいという点でも良いことだと思います。ただ、その場合努めて他宗教についての知識も付け、受け入れることをしなくては心の狭い小さな宗教集団となってしまう恐れがあります。


未分類 | コメント(2) | トラックバック(0)2007/06/12(火)16:30

tatry

秋。いろんな思いがフツフツとわきあがって来るとき。
だから秋は好き。
でも、現実にはなかなかその思いを処理できないことも多く、少し厄介なとき。

ご無沙汰しています。
書きたい。書こうかな。と思うときが何度もあったのですが、なかなか自分の気持ちがまとまらなかったり、ほんの一寸も時間が取れなかったり。そして、私のこんなたわごとを読んで、楽しい人がいるのだろうか、などと考えることも。
これとは別に自分用の日記はつけているので、それで完結してしまい、公に書くほどのことでもないか、と思ってみたり。

気持ちが交錯し、自分がおさまらないときは、なぜか山に登りたくなります。頂上に立つと空と一体化した気がし、下界を見下ろしたとき、すべてがちっぽけに見え、雑多なものがスッと去っていき、何にも邪魔されることなく自分の心の中に入っていけるような気がするのです。だから、子どものころから、何かあると家の裏にある山に一人で登って空を見上げながらいろいろ考えたものです。

最近、自分の問題解決方法や、自分自身の処理の仕方って、子どもの頃から何も変わっていないんだなぁ、と思ってしまいます。
私はある意味でとっても内気で、なかなか自分の気持ちを表に出すことができない人間なのです。自分の考えは結構はっきりと言えるのですが……。
だから、何か問題があったとき、人に相談するということがなかなかできない。本当に仲の良い友達や夫や子どもは、なんとなく私の様子からちょっと変と気付いてくれ、うまく話しを聞いてくれる方向に持っていってくれます。そうすれば、ほんのすこーしずつですが、話すことができることも。でも、それにも本当に時間がかかるのです。
大抵はもっぱら聞き役。人の話を聞きながら、自分のこともわかってくることも多いし、人の話を聞くのは好きなので、それは全然かまわないのですが。

では、どうやって自分の問題を解決していくかというと、それは、本と日記。昔からずっとそうでした。本を読んでその中からいろんなヒントを得て、自分の問題解決につなげていくことがほとんど。だから、特になんでもないような小説に出てきた言葉が、私にとっては重要な意味を成し、すごく大切な本になることもよくありました。日記を書くのは自分の気持ちをまとめ、落ち着かせるため。書くことで気持ちがもやもやした思いが、ことばとなり、解決方法が見えてくることも多いのです。

仕事がら活字はたくさん読むのですが、このところ小説を読む時間がめっきり減り、日記もなかなか毎日は書けない。そういう意味で禁断症状が出つつあるかも。山にも登りたい。

*写真は私の一番好きな山、ポーランドのタトリ山脈。この山は不思議な力を持っていると思います。


未分類 | コメント(2) | トラックバック(0)2006/10/14(土)08:32

自分の故郷

家で過ごすのが好きなので、誰かから誘いがなければ、ついほとんどの時間を家で過ごしてしまいます。今週も気がつくと、月曜から今日までどこにも出かけないで、ずっと家にいました。

でも、今日は天気も良かったし、ずっと行きたいと思っていたあきこさんの個展を観に渋谷へ。今日が最終日でした。

長く外国で生活すると、妙に自分の国に期待を膨らませてしまいます。そして帰国してみると、なんとなく自分が頭の中で想像を膨らませていた「故郷」とは違ったものを目にし、自分の居場所がなくなったような、変な気持ちになったりするのです。

私の場合、日本を発ってポーランドに行ったのは、自分の安住の地を探したい、という気持ちもありました。日本の社会に対して不適合なものをたくさん感じていて、生まれ育ったのは日本だけれど、自分が精神的に落ち着ける場所ってほかにあるのではないか、と思えてならなかったのです。そして、それがポーランドのような気がして。

実際、ポーランドは私にとって、かなり精神的にピッタリくる国でした。でも、そこでも地に足をつけ「ここぞ私の国」と言うことはできませんでした。
その後、帰国し、もう1度日本に住み始めたのですが、何年も自分がふわふわ宙に浮いている気がし、その感覚がとっても奇妙で、私には地に足をつけることのできる国なんて、存在しないのかな、などと考えたりもしました。

そして、今は。
やっぱり地に足はついていません。でも、自分の居場所って、国ではなく、町でもなく、自分の家族がいて、心の落ち着くところ。どの国に住もうが、どの町に住もうが、決して変わることのない、温かさの感じられる、夫と息子がいるところが自分の居場所なのかな、と思っています。

あきこさんの写真を見て、なにか静かで温かい空間を感じることができました。そういうものって、自分の心のなかにあり、どこにいても見つけ出せるものなのかもしれないな、と。


未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)2006/02/10(金)08:16

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雨月更紗

Author:雨月更紗
ポーランド人の夫と12歳の息子の3人暮らし。


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